林邸について

林邸は、明治22 年(1889)、農商務大臣、逓信大臣を歴任した林有造(右写真)が44歳の時に建てた邸宅です。生活とともに政治活動を念頭に置いた建物で、以後、自由民権運動の系譜を長年にわたって支え続け、高知県西部「幡多」の本拠地になります。林邸からは、近代日本初となる、林有造林譲治、林迶(正しくは1点しんにょうに有)3代が続けて大臣になっており、その間の地域の政治史をリアルに現代まで伝えています。

特異で貴重な建造物

約630坪の広大な敷地に、25部屋の和風座敷をもつ木造2階の建造物が現存、1階、4室連続する座敷と、直角して付属する3室の客室が庭園に面し、黒檀の床柱が目を引く座敷は開け放つと36畳の大広間になって、演説会や宴席など政治活動に利用されました。アーチ状のむくり屋根をもつ正面玄関は正式の客人用で、ここを通った客人は板廊下から座敷や客室に案内されました。

2階への階段は2つあって、正式には直通階段を使い、目につきにくい玄関裏側の廻り階段は食事運搬や刺客襲来時の避難用です。2階は8 畳の「月見の間」と呼ばれる客座敷などが並び、中央部分には直通階段と廻り階段に接した4畳半の部屋があります。この部屋は玄関から門まで一直線で見通せるので、刺客や不審者の監視部屋でしょう。

林有造は京都で近代建築の修業をさせていた頼田安次を棟梁に抜擢、材料は主に地元のヒノキやマツ材ですが、北海道庁長官だった実兄岩村通俊手配の北海道産タモ材も効果的に使用されました。欄間、金物など各所の細工も見どころで、正面玄関のむくりの形状は県内で現存例がなく、正面部分の波型の蟇股(かえるまた)は宿毛湾の波を意匠化したもの、またアカンサスの懸魚(げぎょ)は地域の近代化を意識した意匠彫刻です。

県内建造物でも他に類を見ない広大な住居建造物で、日本の近代化を目指した政治家の矜持が邸宅からみてとれます。和風建築を基調に洋風建築の要素も入った、いわゆる近代建築様式を顕著にみせながら、同時に独特の政治機能を多彩かつ優美に盛り込んでいる、全国でも特異で貴重な建造物といえます。

 

さらに詳しい内容は、平成26年度宿毛市「林邸」建造物調査報告書をご覧ください。

Our Precious House -Hayashi tei-

宿毛市林邸 再生プロジェクト
宿毛市林邸 再生プロジェクト

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