宿毛市立宿毛歴史館

宿毛の史跡その1

講授館跡

江戸時代、宿毛十代領主であった氏固および十一代氏理は子弟の教育の振興に力を注ぎ、郷学校をおこして新しい学問も次々に浸透させていきました。このような場で学識を得た宿毛出身の人々が明治維新後、中央政界および実業界で活躍しました。
講授館も氏固がつくった郷学校で、政務を行っていた会所(現文教センター)のなかにつくられました。
講授役には三宅大蔵が平民から登用され、老幼の隔てなく多くの人々が出席しました。

小野氏邸跡

小野氏邸跡 小野義真は岩崎弥太郎の三菱の大番頭として三菱発展に尽力し東北本線や小岩井農場もつくりました。
義真の長男十三郎は父の遺産をもとに宿毛に小野銀行を設立し、大御宅(中央公民館周辺)を構えました。
後日、その邸は冨山房社長坂本嘉治馬が所有し、後に宿毛市へ寄贈しました。


林有造・譲治邸

林有造・譲治邸
林 有造
岩村礫水の次男で林茂次平の養子となりました。
初代の高知県知事(参事)で、板垣退助の片腕として中央政界でも波乱の生活を送り、逓信大臣、農商務大臣となる一方、終始、故郷の宿毛発展に尽した第一人者です。
彼の徳を称え、宿毛市片島、林公園内に銅像が建設されています。

林 譲治
有造の次男で、戦前戦後を通して中央政界で活躍し、内閣書記官長、厚生大臣、副総理を経て衆議院議長となりました。
宿毛市役所西側春長公園に、銅像が建立されて偉徳をたたえています。
現在の家は明治二十二年譲治が生れた年に建てられたものです。


文館跡(物産所)

文館跡(物産所)会所(現文教センター)のなかにあった郷学校の講授館を物産方役所内に移転し、名を改めて文館としました。読書、習字、算術、作文の四課を設けて教授しました。講授役には上村修蔵、助教役には酒井南嶺、句読役には立田春江(後の小野義真)、中村進一郎(後の中村重遠)らがあたっていました。


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