宿毛市立宿毛歴史館

宿毛の史跡その2

宿毛一里塚跡

宿毛一里塚跡 山内一豊の入国以来、土佐の主要街道はようやく整備され、松尾坂−宿毛−中村−伊与木の道は宿毛−高知をむすび、さらに伊予へとつながる重要な街道でした。
このような主要街道には一里ごとに一里塚が築かれ、土を盛り松を植えて旅の目安とするとともに休憩の場にもあてられていました。
宿毛にはこのほかに大深浦、押の川、平田に一里塚があり、押の川の一里塚は現存しており、貴重な遺跡となっています。


兼山遺族、山内可氏墓(東福院)

兼山遺族、山内可氏墓  兼山遺族、山内可氏墓
江戸時代、初代宿毛領主山内氏によって再興され、宿毛山内氏(明治以降は伊賀に改姓)の菩堤寺として今に残る東福院(当初は東福寺)には西山墓地と東山墓地があり、可氏やその妻の墓は西山にあります。
そして同じ西山には罪人として宿毛に幽閉された土佐藩奉行野中兼山の遺族たちの墓もあります(ただし四女 婉の墓は高知市筆山)。
そしてまた、野中兼山の養母よね(可氏の長女)や正妻市(可氏の孫)の墓もこの西山にあります。

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