宿毛市立宿毛歴史館

宿毛の史跡その3

伊賀家墓地(東福院)

伊賀家墓地 東福院は江戸時代の宿毛領主山内氏(明治以降は伊賀に改姓)の菩堤寺で、その中で宿毛領主初代山内可氏とその家族の墓は西山墓地にあり、二代定氏以下歴代領主とその家族の墓は東山墓地にあって、宿毛七千石の偉容を示すと共に宿毛の歴史の深さを物語っています。


林家墓地(東福院)

林家墓地 東福院は江戸時代の宿毛領主山内氏(明治以降は伊賀に改姓)の菩堤寺で、西山と東山に分かれた墓地に歴代の領主が葬られています。
そのような東福院の東山の墓地に林有造夫妻墓、林譲治墓、林家墓が建てられています。
これは林有造が、死んだ後も伊賀家を守りたいと切願したために実現したもので、この譲治や子孫もこれに習ったのでした。


兼山遺族幽閉地・碑

兼山遺族幽閉地・碑  兼山遺族幽閉地・碑
土佐藩奉行として辣腕をふるった野中兼山も政争にやぶれて失脚、その直後に急死しました。
そして兼山にむけられていた厳しい眼はその遺児たちにむけられ、よね、清七、欽六、希四郎、寛、婉、将、貞四郎の八人が罪人として宿毛へ流され、男系が絶え、三人の女性が釈放されるまでの40年間、竹で囲まれた外界とは遮断された獄中生活を余儀なくされました。
幽閉地は現在の宿毛小学校のプール付近で、学校敷地内に碑が建立されています。


日新館跡

日新館跡 会所(現文教センター)のなかの講授館、物産所のなかの文館、と移転、発展していった宿毛の郷学校でしたが、慶応3年に文館は廃止され、あらたに日新館を新設しました(現宿毛小学校敷地内)。
その後土佐藩の藩制改革により日新館はすべてを藩に寄付され、藩立日新館としてさらに活動をつづけました。


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