宿毛市立宿毛歴史館

経塚さま

その1 松田川の支流のなかで一番大きなのは篠川(ささがわ)です。
その上流には、大蛇の住んでいたという淵(ふち)が今も残っています。宿毛からちょっと離れていますが、 今日はその大蛇のお話をしてみましょう。

ひびきの谷のあたりは一面、広い広い草原になっていました。
部落の人々が、牛や馬に食べさせる草を刈りに行く場所だったのです。

おいしい草がいっぱい伸びるので、夏のあいだ中、牛を連れて行ってたらふく食べさせてやるお百姓さんもありました。



その2 ある日のこと、うれしそうに遊んでいたはずの牛の姿が一頭だけですが見えなくなりました。
なんべん数えてもたしかに足らないのです。お百姓さんは、さんざんさがしまわりました。しかし、どうしても 見つかりません。

そのうち、ふと、お百姓さんは気がつきました。

なにかが押し分けたように、うねうねと、はるか向こうまで草が倒れているのです。牛の歩いた跡でもない、 おかしなこともあるものだと思いながら、それをたどって行きました。 川端まで行って、やっとその跡はなくなりました。



その3 なにげなしに目を向けた川の面(おもて)は、不気味な程に静かでした。
その中程に、大きな穴が口をあけているのが見えました。

しばらく見ている間に、静かだった川面(かわも)が、ざわざわと波だち始めたのです。

穴の中に、ぎらぎらと光る大きな玉が二つ。すうっと、せりあがって来るではありませんか。



その4 なんとそれは、とてつもない大蛇です。大蛇の目なのです。

お百姓さんは、生きたここちもない程びっくりしましたが、それでも無我夢中(むがむちゅう)で逃げ帰りました。
その大蛇が、牛を丸呑み(まるのみ)にしていたのです。

その話を聞いた和尚(おしょう)さんが、たくさんのお経を写して、淵の岸に埋め、経塚を建てました。



その5 そのおかげで、大蛇は穴の中から出てくることができくなりました。
牛達も安心して、おいしい草をたべ続けることが出来ました。

そこは今でも蛇淵(じゃぶち)と呼ばれて、深い穴が水中に口をあけています。経塚は最近までありましたが、あらされて見ることができなくなりました。
もし、その穴にもぐってみたい人があっても、一人ではもぐらないようにおねがいしますよ。



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