宿毛市立宿毛歴史館

京法(きょうほう)

京法

松田川の支流京法川の中ほどにあるわずか六戸の小さな集落であるが、明治二十四年には二十五戸、 一〇八人が居り、すでに小学校もできていたので昔はかなりな所であったことがわかる。 今はすべての人家が京法川沿いにあるが昔の京法はそれよりも一kmも北北東の山の中、 いわゆる本京法に人家が集まっていたのであった。

壇の浦の戦いに敗れた平家の一族が人目を避けてこの山中に入りこんだとの、 いわゆる平家の落人伝説が残っているが、なるほどとの感がするのが京法である。 道もない時に、谷川を伝ってここに入りこみ田畑を開いた人々の苦労は、さぞかし大変であったにちがいない。 長宗我部元親の時代には、すでに京法村となっており、 江戸時代、寛保三年(一七四三)の戸数十七、人口八一で橋上卿大庄屋の支配下の庄屋がいた。

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