宿毛市立宿毛歴史館

橋上(はしかみ)

橋上

現在の橋上集落の大部分が橋上遺跡で、六千年前の縄文前期頃から人が住みはじめ、 二千三百年昔の弥生時代になると、中村市入田、有岡とともに土佐で一番最初に弥生文化が入った土地である。

戦国時代には橋上四三町余りの田畑の大部分は小島出雲守の給地となり、 出雲守は土居屋敷(土居喜久美宅付近)に居住していた。もとは山田の小島城主で一条氏の家臣であったが、 いち早く長宗我部元親の見方となり付近の城を攻め落として功をたて、小島城は子供にゆずり、 奥奈路のイロシロに居たが後に橋上に移り、天正十九年にここで死亡した。 墓は清学寺墓地にあるが天正九年没と誤記されている。

江戸時代末期から野地と称したが、市内に野地が二か所もあることから昭和三四年に、 もとの橋上と改称した。農協、郵便局、小学校、保育所等があり橋上町の中心となっている。

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