宿毛市立宿毛歴史館

母島(もしま)

母島

沖の島本島は江戸時代には伊予、土佐に二分され、 北西部の母島、久保浦、古屋野の三つの浦は沖の島村として宇和島藩に属していた。 明治七年沖の島全域が高知県管轄となり、同二二年町村制施行で新たに沖の島村ができると、 もと伊予分であった沖の島村は大字母島となった。

地名の由来は「昔山伏が島に渡りここに移住した。 島で最初の移住地であるので母島といった」ともいい、 藻の多い島や、あるいは沖の島の古名妹背島がモ背島となりさらにモ島となったとも考えられる。 (妹を万葉集ではモと読んでいる)もと伊予国に属していたので祭りや習俗、 言葉にも伊予の影響が今も残っている。

昭和四四年本土よりの送電でやっと明るい電燈となり、 同四七年には国立公園に指定され観光客や磯釣り客でにぎわうようになった。

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