宿毛市立宿毛歴史館

萩原(はぎわら)

萩原

天正一七年の長宗我部地検帳に「宿毛萩原村」とあり、 五つの屋敷がありハギワラというホノギもあるので古くから開けていたことがわかる 。蔵橋伯耆守が居た蔵橋城は天正三年長宗我部元親軍に攻められて落城し、 それ以後は墓地となり現在に至っている。

その地は昔の宿茂絵図には倉橋古城とあり、今は城山墓地と呼ばれている。 萩原の奥には野中屋敷というホノギがあり、かつてはここが野中兼山遺族が幽閉された所であるとされ、 市の史跡にも指定されているが、安芸の五藤家で発見された宿茂絵図により、 その幽閉地はここではないことが判明した。だが野中屋敷の地名の由来は明らかでない。

昭和六〇年四月には二〇五世帯五二四人と飛躍的に増大している。

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