宿毛市立宿毛歴史館

竹内 綱

竹内 綱

攘夷論のたかまりで異国船打払い令も出され、日本中が騒然となっている慶応2年(1866)七月、現大月町の安満地に英国軍船が入港した。
宿毛領主はこの報告を受け,役員を集めて協議し、老役の羽田左膳を隊長とし、仕置役の竹内綱を副隊長として十三人の侍が鉄砲二十挺を持って、第一陣として小舟に乗って安満地に向かった。
竹内は単身小舟をこいで黒船に行き艇長と談判した。
その結果,明朝出港して高知へ行き土佐藩主へ書簡を渡すのだということが判って安心し,艇長が出してくれた洋酒数杯を飲み、顔を赤らめて汽船,翌朝の黒船の出港を見とどけて宿毛に帰った。
その直後,打払いの内命を無視し英艦で酒を飲んで帰ってきたことが問題となり、竹内に切腹の内命が下った。
だが、高知では、書簡を受けとった領主が牛肉と鶏卵多数を送って百名の乗組員を慰労したことが判明し,竹内の切腹は中止となった。

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