宿毛市立宿毛歴史館

竹内 明太郎

竹内 明太郎

石川県小松市、ここが現在世界各国に多くの支店を持つ大企業の「コマツ」の誕生地であり、その創業の人物こそ我が宿毛出身の竹内明太郎である。
彼は万延元年(1860)竹内綱とその妻春(押川直光の長女)の長男として宿毛で生れた。
明太郎は父の綱とともに竹内工業を起こし、各地に炭鉱や銅山を経営して手広く実業界で活躍し,国会議員として三回も高知県から当選して国政にも参画した。
彼は、今後日本の発展は必ず工業にあるとの強い理念のもと、自社の社員を欧米諸国に留学させてその研修に務めさせるとともに、やがては自力での工科大学の設立を目指していた。
当時早稲田大学も理工科設立を考えていたが、その最大の難点は教授群の不足にあった。
このことを聞いた明太郎は、自分の考えていた工科大学の計画をすげて早稲田に寄付することとし、自分が養成してきた人材と巨額の資金援助を早稲田大学に申し出た。
こうして早稲だの理工科がはじまった。
その他彼は高知へ私立の高知工業高校(現県立高知工業高校)を設立した。

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