宿毛市立宿毛歴史館

野中市

野中市の墓

野中直継と山内可氏の長女よめの一人娘市は、いとこの兼山を養子に迎え正妻となる。
だが儒学を学んだ兼山は、同姓めとらずの掟があることを知り、以降二人は形だけの夫婦となった。
兼山没後、市には百石が与えられ土居式(現宿毛小学校運動場)に居住したが、遺子八名は道一つ隔てた隣に幽閉された。
子を産まなかった市は下女いさきにかしづかれ、朝な夕な河戸の堰の水音を聞きながら年老いていったのだろうか。
恵まれぬ遺子たちを陰ながらいたわりつつ、元禄十二年(1699)八十歳で没した。

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