宿毛市立宿毛歴史館

大江 春野

大江春野の墓

寛政六年(1974)八代領主保氏の代に新知三十石の侍となった女性がいる。
春野は十六歳で七代領主氏篤の老女として召し出されたが、後に側女となり二人の女子を生んだ。
側女としての役目を終えてからは独身を通し、氏篤の没後五十二歳の時に別家をたてて士分となった。
馬に乗ることが許された「騎馬」という位で、封建制度下の女性としては破格の出世であった。
家督相続のため迎え入れた養子の忠次の孫は大江卓であり、血縁こそないが春野は曾祖母ということになる。
文政九年(1826)八十五歳で病没。
春松院善誉積功寿負大姉と贈名されて、東福院西山の伊賀家墓地に眠る。

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