宿毛市立宿毛歴史館

宿毛一揆

一揆のために集まった宿毛一里塚付近

宿毛一揆は天明六年(1786)に起こった。
宝永地震で壊滅的打撃を受けた宿毛は財政再建を進めていたが、震災後約八十年を経ても、回復にはほど遠かった。
七代領主氏篤は民間活力を起用すべく、経済通の大目三郎左衛門を士分にとりたて再建役に任命したが、天明の飢饉と重なってしまった。
再建策とは、年貢のより厳しい取り立てと増税などであったため、農民たちのがまんも限界をこえた。
しかし、一気に行動することはしなかった。周到な準備をしたのである。
首謀者を徹底的に秘匿し、計画がばれないように女房にも内緒にした。
農民、町人ひとり残らず盟約し、農具、大槌、大綱などをみなが一つは持つこと、交渉の場ではみなが口々に訴えることとした。
十一月二十二日、ほら貝が吹かれ寺々の鐘が鳴った。
領主氏篤はいんきょし、新領主保氏と大目は高知出張というチャンスが到来したのである。
土居の門前で千人が口々に訴えた。
これでは首謀者の詮議ができない。
氏篤側は「新領主と相談してきっと皆の望みを叶えるようにするから」と約束した。
その後、新領主はその約束を実行した。一揆側からは一人の犠牲者も出ていない。
一揆側のみごとな団結の勝利といえる。

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