宿毛市史【古代編-式内社と仏教-】

僧行基と宿毛

行基(668〜749)は、奈良時代の人で天智天皇7年(668)和泉国(大阪府)家原村に生まれ、15才の時出家して法興寺に入り後、薬師寺に移り、師道昭の後を継いで諸国を行脚し、民間伝道や池溝開発の土木事業や慈善事業を行ない、社会事業僧としても広く民衆の信頼を集めた人物であったと伝えられている。後には、聖武天皇の大仏建立に功をたて、大僧正に任ぜられ、世人からは行基菩薩と仰がれた高僧で、天平21年(749)82才で没している。
行基が土佐を訪れたのは奈良時代の初め神亀元年(724)頃と伝えられている。行基は土佐の東郡から巡回され、長岡郡豊永の豊楽寺、五台山竹林寺(高知市)亀鶴山施薬院宝光寺(後、延光寺となる)を開山したのを始め、所々に寺院を建立して仏教を広めたと、『四国霊場記』などに記されてある。
「神亀元年行基菩薩土佐国幡多郡平田村寺山延光寺ヲ開キ自ラ刻スル所ノ薬師仏ヲ安置ス」(『四国霊場記』)
宇須々木の江海山円覚寺も行基の草創であるという伝説がある。この円覚寺の仏像を調査した、県文化財専門委員の池田氏は10世紀頃の作であると鑑定している。10世紀頃といえば平安中期のもので、その創始者が果たして行基であったかどうか、史料がないので全くわからない。
円覚寺
円覚寺