宿毛市史【近代、現代編-中央で活躍した人々-中村重遠】

中 村 重 遠(1840〜1884)

軍人。通称進一郎。天保11年12月2日小野弥源次の子として宿毛村に生まれ、のち中村儀平の養子となる。宿毛領主山内氏固の家臣となり、文久2年23才のとき宿毛文館の句読役となった。慶応4年には東征軍に加わったが途中帰国して宿毛出兵を説き、機勢隊を編成、その責任者となって北越に転戦する。明治4年兵部省七等出仕、ついで陸軍中佐に進級、佐賀の乱そして西南の役には別動第2旅団参謀となり軍功をたて勲4等、同11年大佐となった。同17年2月22日東京で病没、45才。
陸軍省第4局長代理のとき、陸軍卿山県有朋に建白書を提出し、廃城になろうとしていた名古屋城・姫路城を陸軍の費用で修理させた。
現在姫路城には中村大佐顕彰碑が建っている。