宿毛市史【近代、現代編-中央で活躍した人々-竹内明太郎】

竹 内 明太郎(1860〜1928)

実業家、政治家。万延元年2月28日、竹内綱の長男として宿毛に生まれる。父に従って上京し英仏語を学び、のち自由党に入り東京絵入自由新聞を刊行する。さらに鉱山業に転じ茨城無煙炭、夕張炭坑、竹内鉱業、九州唐津鉄工場を経営する。大正4年、6年、9年と衆議院議員に当選、政友会に属する。また早稲田大学理工科の新設に尽力し、私立高知工業学校(現県立高知工業高等学校)の創立に父綱に協力し、産業教育の振興に貢献した。昭和3年3月23日没、69才。なお、高知工業高等学校玄関に父綱と並んで胸像が建っている。

竹内明太郎
竹内 明太郎