宿毛市史【近代、現代編-中央で活躍した人々-田村松魚】

田 村 松 魚(1877〜1948)

小説家。本名昌新まさとき、また入江新八。明治10年2月4日宿毛村与市明に田村昌義の長男として生まれ、金沢で青少年時代を送り19才で上京増島六一郎法律事務所の書生となり、20才幸田露伴に師事し、寄宿した。明治31年「磯馴松」(3月号)「五月闇」(9月号)を雑誌『新小説』に発表し世評を高めた。34年には露伴との合著『三保物語』を執筆する。35年4月『若旦那』を青山嵩山堂から出版した。36年26才のとき渡米、インデアナ大学に学び、42年帰国、『北米の花』を刊行、この年佐藤俊子と結婚、44年万朝報に入り記者生活をおくり、新聞に「乱調子」を連載する。大正7年田村俊子と離婚、翌年入江妙子と結婚し、大阪時事新報の懸賞小説に入江新八の名で「凝視」が当選した。昭和4年『高村光雲懐古談』田村松魚編を出版、昭和11年に「闘うもの」(土佐協会雑誌)を書いたがその後しだいに文壇から遠ざかり、晩年は書画骨董店を開き、その道によって知られた。
戦後、妻妙子の郷里山形県新庄町に移り、昭和23年3月6日病没、72才。著書に『もつれ糸』(露伴と合著)、『三湖楼』(35年)、『北米世俗観』『脚本家』(42年)などがある。

凝視・入江新八(大阪時事新報連載の挿絵)
凝視・入江新八
(大阪時事新報連載の挿絵)