宿毛市史【近代、現代編-中央で活躍した人々-山本 昇】

山 本  昇(1879〜1956)

教育者。明治12年10月6日重剛2男として和田村に生まれる。父重剛は宿毛郷野地村の庄屋に生まれ和田村長、幡多郡会議長などを勤めた。
宿毛小学校を卒業後高知師範学校を経て、同39年2月東京高等師範学校地歴科を卒業、8年間高知師範学校教諭、大正3年より6年間広島師範学校附属主事及び本校の教頭、大正9年大分師範学校長、大正15年姫路師範学校長、昭和7年より山口師範学校長、昭和14年宮城師範学校長兼宮城青年師範学校長を歴任、我が国の師範教育に一生を捧げた。
昭和17年勅任官待遇となり、昭和20年退任後仙台市長町で生活をしていたが、昭和31年11月25日病没、77才。従三位勲三等。