宿毛市史【近代、現代編-中央で活躍した人々-岩村一木】

岩 村 一 木(1894〜1968)

会社重役。男爵。明治27年10月19日岩村通俊の8男として東京で生まれる。東京女子師範附属小学校、京北中学校を経て大正6年3月東京農業大学を卒業、4月農商務省農事試験場に入場、大学在学中の大正4年4月長兄八作の養嗣子となる。大正7年大日本人造肥料株式会社に入社、同14年人造肥料連合会理事に就任以来、燐酸肥料工業組合常務理事、過燐酸肥料製造組合常務理事、肥料配給公団総裁、燐酸肥料協会理事長、大日本農会副会長、財団法人農林水産奨励会々長と中央で化学肥料関係要職を歴任、一方昭和6年財団法人日本少年保護協会理事、司法保護協会理事、社会福祉法人至誠学舎理事におされて社会福祉関係でも活躍した。昭和7年7月には貴族院議員に就任以来15年間在職、その他、同26年通産省より輸出検査審議会委員、輸入協議会委員を委嘱され貿易振興にも努力した。また同年多忙の中東京幡多会々長として郷土から上京した人々の世話もされていた。このように多くの要職をもちながら短歌にも興味をもち、大正10年橋田東声に師事、歌誌『覇王樹』に加盟している。歌集『わがうた』は昭和44年発行された。昭和43年12月16日病没、74才。勲二等瑞宝章。