【近代、現代編-市政のあゆみ-宿毛市の発足】

宿毛市の発足

昭和28年10月15日宿毛町議会において、中町寛水、宮尾菊吾、田中進一議員により、次のような「宿毛市制施行に関する建議書」が提出された。
「明治11年郡区町村編成法が公布せられてから10年目の明治21年4月には、市町村制が制定せられ、わが国地方自治史上空前の大合併が行われて爾来65年を重ねました。
次いで明治22年4月地方自治法に切り替えられ、この間数次の改廃があった。さきに政府は終戦後の国情に鑑み、動向を察しまして、地方公共団体の規模の適正化を計って、町村行財政の能力を強化し、以って自治運営の効率を高めて、均しく住民の福利増進を企図し、さきに町村合併促進法を制定公布して、現に施行中であることは、各位も御承知のことと存じます。顧りみるにわが町は、幡西に於ける産業文化の中心地であり、海陸交通の要衝地に位し自他共に王座を占める地域であり、まして他町村からは高く評価されておりますが、年毎に膨張する内外の負担には耐えられない財政状態で、真に経済は萎縮沈滞し、これが打開には1日の安閑を許しません。よって今後宿毛の打つ手と、選ぶ道は、先づ宿毛の地域を拡大するに如くなきに着眼したのであります。今や中村町は、東方下田町、大方町、西方東中筋村に至る広域町村を結んだ中村市建設に向って、早期実現に拍車をかけておるので、必ずや実施されると思います。茲に於て私共は、宿毛の現在及び将来に思いを繞らしたとき、開市後の幡西の産業文化は、郡都中村町に吸収せられ、否締めあげられて、幡西地方の文化施設や生産経済の権益は悉く中村に吸収されることは、燎原の火を見るよりも明かであることを固く予言して憚りません。かく見たるとき、第1幡西経済活動の中軸である宿毛の地位は、極めて不振と不安に閉され、まことに深憂に堪えません。よってこれに対処する途は一に隣接町村を導入綜合して、宿毛市を建設する準備活動を展開するの急且切を訴るのであります。
更に政府は、弱少市制公共団体の行財政整備適正を目途とした都市整備法を制定立案中とのことでありますので、これが制定前の実現こそは、最も緊急に属し、又私等に課せられた新使命の実践事案とも考えられまして、敢えて本構想を提言し、本会の同調を求むるものであります。」
以上のように建議された宿毛市制施行の案件は、昭和28年11月28日採択され議決するところとなり、宿毛市制施行準備委員会を結成(7名)検討が始められた。
12月2日第1回宿毛市制施行準備委員会を開催、強い体制を整え、一路市制に邁進することになった。翌日も委員会開催、話しは非常に具体化した。
市になる条件として昭和25年の国勢調査人口が3万以上の人ロを持つことであるが、昭和29年4月1日からは人口制限が5万人以上となることが決定しておリ、市街地の連たん戸数が全体の60パーセントなければならないこと。その他資本金500万円以上の会社工場が10社以上あり、文化施設が多いことなどの都市的条件を要する点の制約をうけることになる。そして、中村町に比して市街美が数段も劣る宿毛町が果して市になれるか。而して合併町村の範囲をどの程度にするのか、人口密度の問題はどうか。このような問題が論議され、幡西ブロック地区の内、橋上、平田、山奈、中筋、小筑紫、大内、沖の島の各町村を歴訪して、意見を求むべきだということに意見の一致を見た。
12月15日より橋上、中筋、山奈、平田の順序で各村長を訪問し、幡西に市をつくることの意義と必要を説き、是非参加するよう要請、続いて沖の島、大内町へと働きかけた。12月21日には宿毛町の招きにより関係町村長、議会議長が宿毛に集まり懇談会を開催(幡多支庁より1名)し、宿毛市制実施要綱を検討したのである。

 宿毛市制実施要綱
地方自治体の経費は年々増大し、赤字財政のために将に崩壊寸前にある町村は、全国的に見て相当数あると推定される。
町村の財政困難は即ち住民の私経済の貧困であって、このまま放任することのできない段階に立ち至っておるので、政府は国法をもって町村の合併をなさしめ、その数を3分の1となし、町村財政を救済すると同時に住民の生活安定を計らんと試みておるである。
以上は政府の合併理由であるが、その裏には、
1 町村合併によって相当額の交付金を捻り出す。
2 そしてこの浮き上った交付金をもって、防衛と賠償のために要する莫大なる資金の一部に充当する。
こんなねらいがあるのではないか、この他に政府は最近金のひねり出しに相当の苦労をしておるのが見える。日く行政整理によって10万人の公務員を減少する。また曰く、裕福自治体の教育費は例外として国庫負担としないと改めた。かくの如き動向より推察すれば交付金制度の前途はまことに不安定なものと言わざるを得ない。
町村合併という国家的要請に答えて、身近かな幡多郡においても相当数の合併が行われるものと考えられる。中村町が近郊の町村と合併して市制を実施するのは確定的であり、その他清水を中心とするもの、大内を中心とするもの、大正を中心とするもの等が挙げられ、幡多郡の行政地図はかなり変るであろう。中村町は南海地震によって多くの家が倒壊したため、都市計画が容易になされたので、市街美はなかなか立派なものがある。今市制を実施したならば、更に光彩を添えることは勿論であるが、将来の発展については、
 (1)従来政治都市として発展した町である。
 (2)港もなく、平野もなく、商工業都市としての地形的条件が少ない。
と言う理由で、飛躍的発展は期し得ないであろう。しかし何はともあれ、中村町が市となれば、ここ数年を出でずして、中村へ、中村へと交通、産業経済、文化の主導権は移り行き、幡西地区の町村は、いつしか一条市(仮稱)の実力に打ちひしがれ、数個の閑村として、あわれ昭和の記念物となるであろう。
そこで、私共は、「町村合併」というバスに乗り遅れない用意のために、自己を検討し近隣相集い、相語る必要があるのではなかろうか。
宿毛町は昭和17年和田村と合併し、面積63.9平方粁、人口14,446人を有し、県下有数の発展に富む立地条件を持ちながら今日まで眠ってきたのである。偶々町村合併という半強制的な国策によって、好むと好まざるに拘らず、いずれかと合併せざるを得ない今日となった以上、お互いに歩を一歩進め市としての条件を多分に具備する宿毛町と合して一市をつくり、幡西の産業都市として、共存同栄の方途を考えて見ようではないか。宿毛町が有する発展的要素は皆発溂としておるものばかりで、而も総てが産業経済に関連をもっておる。

片島港
「都市は港により繁栄する」と言う金言があるが、宿毛そのものが宿毛湾内に於ける偉大なる良港であり、この定理にピッタリと合っておることは、宿毛町民のみならずこれに連なりを持つ幡西地区住民の将来が約束されておる。

松田川の三角地帯
宿毛町は松田川下流に開けた宿毛平野に抱かれた町であって、この川の流域には、今尚相当の資源が埋蔵されており、木材薪炭その他諸種の産物の集散地である。

遊閑湿地新田
宿毛新田は、宿毛と片島の中間に存在しており、この湿地が両地区の連たんを拒んでおる。現在宿毛町の規模が小さいから、その利用価値も殆んどないが、埋立工事はさほど困難でないから、将来は重要なる発展的要素となるであろう。

松田川電源開発
現在の橋上村楠山発電所の施設の拡充が四国電力会社において取りあげられ、近き将来には、出力7千キロワットの発電所が建設されることになりつつあることは、宿毛が工業地として、大飛躍することが約束づけられておるも同然である。現在幡多郡全体で消費しておる電力は6千キロ、幡西9ヵ町村で2千キロであるが、これは最大限度の供給電力であって、今ここに百馬力の動力を要する工場の建設さえ困難な状態である。橋上に7千キロの工業用電力の開発ができたならば、この電力を求めて宿毛に集まる大会社の数は、枚挙に遑がないであろう。石炭にせよ電力にせよ、動力のあるところに必ず工業が起こる。橋上の電源開発と新田の埋立は工場設置の絶体的条件と言えよう。

松田川の水質
工場建設の要件は電力と清水である。松田川の水は枯れることなく而も水質が工場に適しておる。

交通の要路
近代産業発展の秘訣は、交通の要路に立つことである。宿毛町の交通を述べれば次の通りである。

陸路
車は中村を経て高知に、西は城辺を経て宇和島に、南は弘見を経て清水に、北は橋上を経て宇和島に直結しており、各線共バス及びトラックによって人と物が動いておる。

海路
戦前頻繁であった中型客船による阪神九州方面への旅客運航は中絶の状態で、大型機帆船による貨物輸送のみが活発である。然し、近く宿毛延岡間の連絡航路を開設する運びになっておるので、やがては土佐九州の往来は顕著となり、これが母体となって鉄道海岸線の開通は期せずして実現の運びとなるであろう。

官公署の所在地
宿毛は各種官公署、会社が所在している。今これらを挙げれば次の通りである。
裁判所、検察庁、警察署、法務局宿毛出張所、警備救難署、測候所、高等学校、営林署、県土木出張所、県税務出張所、電報電話局、煙草専売公社、郵便局、四国銀行、高知相互銀行、愛媛相互銀行、幡多信用金庫、県立病院、四国電力、日本パルプ会社、興国パルプ会社その他有名会社の支店出張所。
川登、宿毛間産業道路
川登、宿毛間の産業道路開設が決定し、これが開通のあかつきは、大川筋村に産する年間40万俵の木炭と四万石の木材は、片島港より阪神その他の需用地に仕向けられ、この何億かの物資の動きによって、宿毛町の経済上の地歩が一層堅固になるものと考えられる。
宿毛市制実施の構想としては、橋上村、平田村、山奈村、小筑紫町、沖の島村、中筋村、大内町、宿毛町が合併して、373平方粁、人口42,600人の市を建設するにある。これらの町村は古くから幡西ブロック町村を構成して、常に共存同栄のために協力しあっておるのであるとして、検討、協議を重ねた。
昭和29年の年頭から市制施行について協議、運動が展開されたが、1月7日中筋村は中村市制に参加を決定した。そして、2月21日には町村合併促進協議会が成立した。この間、種々の難問題等もあったが、関係6か町村(宿毛町、小筑紫町、平田村、山奈村、橋上村、沖の島村)は、1月22日から2月末にかけて、市制に必要なすべての議会議決を完了し、昭和29年3月1日町村長連名(宿毛町長橋本友喜、小筑紫町長福井真澄、平田村長黒石義治、山奈村長上岡守太、橋上村長有田栄一、沖の島村長中平益穂)で、ときの高知県知事(川村和嘉治)に「幡多郡宿毛町外5か町村を廃し、宿毛市を設置することの許可申請書」を提出した。
この申請は、高知県議会の議決を経て、昭和29年3月31日をもって知事の認可を得て、宿毛市が誕生するところとなった。宿毛市の名称選定の理由として、市の中心をなすものは宿毛町であり、宿毛町は宿毛湾内の港町であって、戦前は大阪宿毛間の客船定期航路があり、他の関係町村よりは遥かにその名を国内に知られ、殊に明治維新より今日に至るまで、天下知名の小野梓、岩村礫水、大江卓、林有造、林包明、竹内綱、小野義真、吉田茂、林譲治等幾多の偉傑を生んだ地として知られておるので、この名を永久に留めたいと言うのが新市命名の理由である。
宿毛町時代の宿毛 市制施行時の宿毛
宿毛町時代の宿毛 市制施行時の宿毛

宿毛市制施行に登場した人々
1.宿毛市
執行部 町長   橋本 友喜 助役   有田 辰馬 収入役   大江 延夫  
議 員 増田 徳衛 野村   卓 竹葉 虎雄 沢松 武雄 松沢 卓郎 宮尾 菊吾 上甲 友市
中山亀太郎 山県 大造 田中 進一 松岡 長吉 中町 寛水 松沢 源吉 酒井 正道
山本   稔 竹村 勝美 河野 喜好 清家 亀吉 中野 春美 谷本 正実 宮下 又郎
高岡 二郎            

2.小筑紫町
執行部 町長   福井 真澄 助役   河野 通秀 収入役   山岡 久義  
議 員 橋村荒太郎 長谷場二男 梶原 沢次 山下   寿 篠上 常芳 和田九十九 羽賀 兼男
高橋 力男 大島 義雄 桑原 藤吉 岡野 初馬 井上   栄 山下 茂喜 中村喜代美
外田 将義 中西 順次 岡崎   栄 住岡   章 谷岡 清市 小島   操 福井 善作
福井 秀明            

3.橋上村
執行部 村長   有田 栄一 助役   能津  倖 収入役   小松 若春  
議 員 杉本 時男 岡村 高美 山口 熊猪 有田   明 岡村 佐造 小松 万吉 山下 春吉
有田 多郎 寺田 四郎 浜田 佐市 三代木坂喜 柴岡 徳治 岡村   新 篠原 高恵
篠原 百衛            

4.平田村
執行部 村長   黒岩 義治 助役   小島 大三 収入役   松岡  静  
議 員 川村 力衛 今城 益治 篠田 金猪 西尾 貫一 岡崎 増夫 盛岡   実 野口 舛治
岩本 七郎 和田喜代美 下村 仙一 堀内   東 島津卯四郎 池上 政治 浜田 謙治
小島 竹井 西山竹二郎          

5.山奈村
執行部 村長   上岡 守太 助役   小島 幸吉 収入役   浜田 進吉  
議 員 川田   閑 浜田 繁吉 柴岡   傅 松本 善治 細川   作 沖本 玉吉 山本梅太郎
中脇 馬吉 沢田 悦馬 佐井 孫次 尾崎 芳吉 川田   茂 佐井 寅治 沢田   実
下村専右衛門 山岡   庵          

6.沖の島村
執行部 村長   中平 益穂 助役   嵐 登喜晴 収入役   中平善亀池  
議 員 横井 幸市 田中 繁春 増本 春芳 井上   勝 山下 與平 木下 房雄 荒木 幸吉
高見永之助 川渕伊佐市 橋本  淳 中谷 惣七 田中   稔 川渕幸太郎 小川 万助
嵐    勇            
三役と議員
歴代市長
歴 代 氏  名 在  任  期  間
初 代 頼 田 松 助 昭和29.9.30〜昭和32.7.20
2 代 黒 石 義 治 昭和32.9. 5〜昭和36.8.15
3 代 黒 石 義 治 昭和36.8.20〜昭和40.8.19
4 代 田 中 進 一 昭和40.8.20〜昭和44.8.19
5 代 田 中 進 一 昭和44.8.20〜昭和48.8.19
6 代 中 西 重 側 昭和48.8.20〜在任中

歴代助役
歴代 氏  名 在  任  期  間 歴代 氏  名 在  任  期  間
初代 中平 益穂 29.5.12〜32.9. 5 3代 中平 益穂 37.4.16〜41.4.15
小野 英馬 29.5.22〜33.5.21 4代 中平 益穂 41.4.16〜45.4.15
2代 小野 英馬 33.5.22〜37.4. 6 5代 大江 延夫 45.5. 8〜48.6.16
有田 栄一 32.9.30〜35.2. 8 6代 大江 延夫 48.10.8〜在任中

歴代収入役
歴代 氏  名 在  任  期  間 歴代 氏  名 在  任  期  間
初代 大江 延夫 29.5.22〜33.5.21 3代 大江 延夫 41.5.22〜45.5. 7
2代 大江 延夫 33.5.22〜37.5.21 4代 下村   勲 45.5. 8〜49.5. 7
3代 大江 延夫 37.5.22〜41.5.21 6代 下村   勲 49.5. 8〜在任中

  市議会
市議会議員選挙は、旧町村を選挙区として昭和29年4月30日に市長選挙とともに執行され、30名の新議員が誕生した。

選 挙 区 定   員 立候補数
宿    毛 8人 12人
平    田 4〃 6〃
山    奈 4〃 5〃
橋    上 4〃 10〃
小 筑 紫 6〃 10〃
沖 の 島 4〃 10〃
30人 53人

第1期(昭29.4.30〜33.4.29)小選挙区制 定員30名
宿毛(8) 吉村 覚馬 高石 精一 田中 進一
(32.8.14辞職)
松沢 卓郎 増田 徳衛 松岡 長吉 沢田五十馬
中町 寛水            
平田(4) 小島 三郎
(31.4.11辞職)
西尾 政春 谷口 亀人 三浦 達馬      
山奈(4) 河野  新
(31.4.11辞任
浜田台之助 川田  閑 山本武之助      
橋上(4) 杉本 時男 能津 縫吉 杉本一雄 有田  薫      
小筑紫(6) 小島  操 瀬戸 定一 岡崎  栄 九谷 岩市 坂田 兼明 篠上 常芳  
沖の島(4) 嵐   勇
(31.4.18辞職)
小川 万助 中平 益穂
(29.5.12辞職)
荒木 幸吉 木下 房雄  (中平益穂辞職により昭和29.5.20繰上げ当選し昭和32.10.2日辞職)


補欠選挙(31.5.31〜33.4.29)小選挙区制
平 田 小島 三郎 山 奈 今津 徳次 沖の島 中平善亀池

補欠選挙(32.9.5〜33.4.29)小選挙区制
河野 喜好

補欠選挙(32.10.25〜33.4.29)
板垣  満

第2期(33.4.30〜37.4・29)大選挙区 定員30名
田中 進一 増田藤三郎
(34.4.7辞職)
沢松 武雄 板垣  満 中西 重則 谷口 亀人 竹葉  勝 山戸 戦松
沖本 忠七 沢田五十馬 福井 善作 川田  閑 小野 義宗 浜田 佐市 杉本 時男 小島 三郎
小島  操 茨木 勝雄
(37.1.10辞職)
安喜 義幸 有田  薫 山崎 秀吉 河野 喜好 柴岡 百馬 河野  新
松沢  清 名倉 玉一 篠上 常芳 大内 忠平 和田九十九 中平 益穂
(37.4.16辞職)
   

補欠選挙(36.8.20〜37.4.29)
吉村 晴水

第3期(37.4.30〜41.4.29)定員30名
田中 進一 篠上 常芳 杉本 時男 中西 重則 西岡 政晴 和田九十九 吉村 晴水
宮本 二郎 川田伊勢吉 森下梅三郎 谷口 亀人 竹葉  勝 小島  操 竹村 勝美
岡村 高美 安喜 義好 佐々山幸助 小島  操 板垣  満 柴岡 百馬 福本 林一
名倉 玉一 松沢  清 河野 喜好 森  敏治 小島 三郎 浜田 佐市 山崎 秀吉
大内 忠平            

第4期(41.4.30〜45.4.29)定員26名
中町 盛氏 坂田 兼明 高木 重幸 田所  栄
(44.1.13辞任)
竹村 康輝 中西 重則
(42.3.13辞任)
西岡 政晴
谷口 亀人 小島 三郎 稲田 典禧 畑中  実 安喜 義幸
(44.1.6辞任)
山本 文雄 小島  操
宮本 二郎 岡村 高美 名倉 玉一 森  敏治 大内 忠平 川田  閑 有田 辰馬
小島 竹井 篠上 常芳 竹葉  勝 和田九十九 板垣  満    

補欠選挙(44.8.16〜45.4.29)
川田  明 中町 盛氏 河野  新 山岡  基

第5期(45.4.30〜49.4.29)定員26名
柴岡 計男 高木 重幸 寺田 博俊 増田 次男 松田 凱従 西岡 政晴 名倉 玉一
和田九十九 中町 盛氏 岡村 高美 谷口 亀人 岡本 義明 柴岡  伝 坂田 兼明
山岡  基 森  敏治 沢田 梅蔵 宮本 二郎 山崎 秀吉 川田  閑 板垣  満
加藤 輝男 小島  操 竹村 康輝 河野  新 安喜 義幸    

第6期(49.4.30〜53.4.29)定員26名
柴岡 計男 示野  浩 高木 重幸 松沢 達雄 河原 寅喜 増田 次男 川田  明
稲田 好弘 田村  司 中町 盛氏 和田  適 安喜 義幸 川田  閑
(50.3.11辞職)
正岡 慎一
寺田 博俊 山岡  基 竹村 康輝 山崎 秀吉 松田 凱従 柴岡  伝 宮本 二郎
岡崎  求 小島  操 加藤 輝男 名倉 玉一 大倉  正(50.5.10まで、50.5.19公正決定による当選) 萩野  淳
(50.5.19繰上当選)

  市議会議長・副議長
議     長 副  議  長
氏  名 在 任 期 間 備考 氏  名 在 任 期 間 備考
中町 寛水 29. 5.11〜30. 3.11   川田  閑 29. 5.11〜30. 3.10  
高石 精一 30. 3.11〜30. 8.27   九谷 岩市 30. 3.11〜30.10. 3  
九谷 岩市 30.10. 3〜31. 3.10   松沢 卓郎 30.10. 3〜31. 3.10  
能津 縫吉 31. 3.10〜32. 2.16   岡崎  栄 31. 3.10〜32. 2.16  
田中 進一 32. 2.16〜32. 8.14   瀬戸 定一 32. 2.16〜32. 8.23  
瀬戸 定一 32. 8.23〜33. 4.29 議員任
期満了
杉本 時男 32. 8.23〜33. 4.29 議員任
期満了
杉本 時男 33. 5. 9〜34. 2.16   和田九十九 33. 5. 9〜34. 2.16  
中平 益穂 34. 2.16〜35. 2. 9   篠上 常芳 34. 2.16〜35. 2.10  
有田  薫 35. 2.10〜35. 8.23   名倉 玉一 35. 2.10〜36. 2.28  
10 中平 益穂 35. 8.25〜36. 2.28   10 柴岡 百馬 36. 2.28〜37. 4.29 議員任
期満了
11 田中 進一 36. 2.28〜37. 4.29 議員任
期満了
11 小島 三郎 37. 5. 4〜38. 2.25  
12 田中 進一 37. 5. 5〜38. 2.25   12 佐々山幸助 38. 2.25〜39. 2.18  
13 篠上 常芳 38. 2.25〜39. 2.18   13 河野 喜好 39. 2.18〜40. 2.26  
14 篠上 常芳 39. 2.18〜40. 2.26   14 板垣  満 40. 2.26〜41. 4.29 議員任
期満了
15 和田九十九 40. 2.26〜41. 4.29 議員任
期満了
15 森  敏治 41. 5. 6〜42. 5.15  
16 小島 三郎 41. 5. 6〜42. 5.15   16 岡村 高美 42. 5.16〜43. 5.15  
17 竹葉  勝 42. 5.16〜43. 5.15   17 宮本 二郎 43. 5.15〜44. 5.15  
18 川田  閑 43. 5.15〜44. 5.15   18 西岡 政晴 44. 5.15〜45. 4.29 議員任
期満了
19 小島  操 44. 5.15〜45. 4.29 議員任
期満了
19 高木 重幸 45. 5. 8〜47. 5.11  
20 川田  閑 45. 5. 8〜47. 5.11   20 森  敏治 47. 5.11〜49. 4.29 議員任
期満了
21 安喜 義幸 47. 5.11〜49. 4.29 議員任
期満了
21 竹村 康輝 49. 5. 8〜49.12.16  
22 高木 重幸 49. 5. 8〜49.12.16   22 柴岡  伝 49.12.16〜51. 5.10  
23 中町 盛氏 49.12.16〜51. 5.10   23 増田 次男 51. 5.10〜在任中  
24 宮本 二郎 51. 5.10〜在任中   24