宿毛市史【近代、現代編-宿毛市の文化財】

宿毛市の文化財

宿毛市の文化財は、国指定のもの4件、県指定のもの4件、市指定のもの39件がある。市指定のものの中でも県指定へ申請中のものもあり、その質の高さは他の市町村に比べて決して遜色がなく、むしろほこりうるものぱかりである。詳しくは文化財報告書にゆずるとして、ここではその概要をのべることとする。

国 指 定

  延光寺銅鐘
工芸品、重要有形文化財。昭和16年7月3日指定。所在地、宿毛市平田町中山、所有者、延光寺。
高さ33.5センチ、外経23センチ、内経20センチ、重さ7.5キログラム。
     鋳 月 歳 延
            
     弥 九 次 喜
            
     勒 日 辛 十
            
     寺 甲 未 一
            
     鐘 午 正 年
と4行に銘が記されており延喜11年(911)の作で日本でも古い部類の鐘である。

  浜田の泊り屋
重要有形民俗文化財。昭和32年6月3日指定。所在地、宿毛市山奈町芳奈、所有者、芳奈部落。
桁行二間、梁間二間、木造高床式平家建で屋根は入母屋造り棧瓦ぷぎである。柱は栗の自然木を使い風格のある建物で幕末頃の建築である。この泊り屋は若者たちが宿泊した所であるが幡多地区には百数十か所も、このような泊り屋が建っていたのであるが、現在はこの芳奈に4か所を残すだけとなっている。
浜田の泊り屋
浜田の泊り屋


  宿毛貝塚
史跡。昭和32年7月27日指定。所布地、宿毛市宿毛字貝塚、所有者、中脇信馬、浜田熊吉氏。
東貝塚と西貝塚に分かれ、約10アールの面積の畑一面に貝殼が散在している。貝層の厚さは0.5から1メートルであり次のようなものが出土した。
(1)石器−石斧、石錘、たたき石、石匙、決状耳飾、石鍬。
(2)骨器−こうがい、やす。
(3)骨−人骨、獣骨(いのしし、しか等)、魚骨。
(4)土器−縄文中期から後期にかけての土器、大部分は繩文後期。
(5)貝類−二枚貝、巻貝等多数。

  にほんかわうそ
特別天然記念物。昭和39年6月27日指定。
かつては日本全域に生息していたのであるが、現在では宿毛湾をはじめ幡多地区の海岸および内陸の川に生息しており、絶滅寸前の動物である。寝床や巣は陸上であるが、水中で魚やかに等を捕えて食べるため水中活動に都合のよい身体つきをしており、足には水かきもある。

高知県指定

  高知坐神社本殿
県保護有形文化財。昭和30年2月15日指定。所在地、平田町戸内、所有者、高知坐神社。
この神杜は延喜式神名帳に登載されている古い神社で、元久年間社殿造替があり、天文13年一条房基が本殿造営、ついで明和5年宿毛の領主山内氏篤及ぴその嫡男氏益の重修にかかり現在に及んでいる。三間社流れ造りで屋根はこけら葺である。

  円覚寺の木造阿弥陀如来座像
県保護有形文化財。昭和47年5月6日指定。所在地、宿毛町宇須々木、所有者、円覚寺。
この像は、ひのきの一木内ぐりの座像であるが、ひざは別の木で造って寄せている。像高85センチで僅かに金ぱくが残っているが、ほとんどはげ落ち木目が見えている。藤原中期の作風がみられ平安時代の作である。台座、光背は室町時代の作であろう。
円覚寺の阿弥陀如来
円覚寺の阿弥陀如来

  芳奈の泊り屋
県保護有形民俗文化財。昭和29年7月20日指定。所在地、山奈町芳奈、所有者、芳奈部落。
芳奈には国指定の浜田の泊り屋の外に県指定の次の3つの泊り屋がある。
  下組の泊り屋   桁行二間、梁間一間、木造高床式平屋建、屋根切妻造杉皮葺(カラー鉄板にふきかえ)
  道の川の泊り屋 畳6枚敷、木造高床式平屋建四隈扣柱付、屋根切妻造瓦葺
  靴抜の泊り屋   畳6枚敷、木造高床式平屋建、屋根切妻造瓦葺
幡多の各地にあった泊り屋も、芳奈の泊り屋を残すのみとなり、江戸時代から明治、大正にかけての若者の風習を知る上での貴重な遺産となっている。
芳奈下組の泊り屋
芳奈下組の泊り屋

  押ノ川の化石漣痕
高知県天然記念物。昭和32年10月22日指定。所在地、宿毛市押ノ川、所有者、森岡義功氏。
古第三系の砂岩の中にある漣痕で、方向をやや異にする水流作用の複合によって生じた複合漣痕の上に更に細流痕が合わさっており極めてめずらしい漣痕である。

  出井の甌穴
高知県天然記念物。昭和39年8月8日指定。所在地、橋上町出井、所有者、高知県。
松田川の上流、県境近くの花南岩床に出来た水流による甌穴で、長さ200メートル、幅40メートルの岩床に大小200余の甌穴が集まり独得の景観をなしている。

出井の甌穴
出井の甌穴
宿毛市指定

  平田曾我山古墳
宿毛市史跡。昭和32年7月27日指定、所在地、平田町戸内、所有者、川村国男氏。
自然の丘陵の上に築造した前方後円墳で推定の長さ110メートルもあった大きなものであったが、平田中学校を建築する際に大部分除けられ、わずかに残っていた後円部の一部も土木業者の手で除けられた。5世紀頃のもので墓の主は波多国造であろう。県下最古最大の古墳である。鏡、剣などが出土したが、これは別に文化財として指定している。

  一条房家の墓
宿毛市史跡。昭和38年7月24日指定。所在地、平田町戸内、所有者、藤林寺。
藤林寺は一条房家の菩提寺で、その境内に卵塔2基、五輪塔1基があり、中央の卵塔が房家の墓である。台座の高さ15センチ、棹石の高さ35センチの小さなものである。左右の墓はその妻か誰かの墓であろう。房家の法名は藤林寺殿東泉大居士で、天文8年11月13日、63才で薨じている。

  宿毛城跡
宿毛市史跡。昭和44年3月8日指定。所在地、宿毛字東本城山、所有者、宿毛市。
古くは松田城といわれ、松田兵庫の居城であった。その後元親の臣野田(宿毛)甚左衛門が修築して居城とし、慶長6年山内可氏の入国後再び修築して居城とした。しかし元和元年一国一城の制により城をこわしたが、城跡には石垣が残り、往時をしのぷことができる。
宿毛城跡
宿毛城跡

  押ノ川の一里塚
宿毛市史跡。昭和38年7月24日指定。所在地、宿毛市押ノ川、所有者、宿毛市。
高知県下でも2、3しか残っていない一里塚の1つである。江戸時代松尾坂から高知を経て甲浦に至る街道に一里(36丁)毎に塚を築き松等を植えたもので、旅の目印や休み場となったものである。この一里塚には松、やまももが植えられており、貞享元年柏島法連寺の日教上人の建てた経塔が建っている。

  河戸堰と宿毛水門
宿毛市史跡。昭和40年8月5日指定。所在地、宿毛字河戸、所有者、高知県。
河戸堰と水門はもと野田甚左衛門が宿毛城主であった頃にはじめて造ったといわれているが、その後、山内節氏の時代の万治元年(1658)に、野中兼山の指揮で幡多郡七万石の寄夫でこの堰と水門と宿毛総曲輪を築いたのである。堰の長さ184メートルでこの水門を通った水は宿毛の用水として今でも使用されている。

  野中屋敷
宿毛市史跡。昭和44年3月8日指定。所在地、宿毛萩原、所有者、宿毛市他。
野中屋敷という地名が今も残っているので野中兼山の遺子達が幽閉された地であろうとして指定したのであったが、幽閉地が現宿毛小学校敷地であったことが判明したので、宿毛小学校敷地を野中一族幽閉の地として県の史跡指定を申請している。

  野中兼山遣族の墓地
宿毛市史跡。昭和36年6月10日指定。所在地、宿毛字西山、所有者、宿毛市(共同墓地)。
兼山の遺子8名は兼山の死後罪を得て宿毛に預けられ、幽閉されること40年、この間よね、一明、欽六、希四郎、貞四郎が牢死し、許された將、寛も宿毛で死亡している。これら遺子たちの墓が1か所に集まっており、訪れる者の涙をさそうのである。遺子たちの墓の前には兼山の正妻市の墓、その母の墓等もある。(將、寛ならびにその生母美濃部つまの墓は城山墓地から移したものである。)

  伊賀家墓地
宿毛市史跡。昭和47年8月30日指定。所在地、宿毛字東山、所有者、伊賀三省氏。
宿毛領主初代山内可氏とその家族の墓は西山墓地にあり、2代定氏以下歴代領主及びその家族の墓が東山墓地に林立しており、宿毛七千石の偉容を示すとともに、宿毛の歴史の深さを物語ってくれている。

  平田曾我山古墳出土品
市保護有形文化財。昭和32年7月27日指定。所在地、宿毛市中央公民館、所有者、宿毛市教育委員会。
平田曾我山古墳をならして中学校敷地を造る時発見されたものである。
鏡−2面。1面は獣首鏡で中国より伝わったものであり一部分しか残っていない。他の1面は獣形鏡で彷製鏡で破損はしているが大部分残っている。
剣−両刃、片刃の剣が4、5振りはあると思われるが腐蝕がひどく、全容はわからない。
土師器−多くの土師器の破片が盛土の中から出ている。須恵器は1片も出ていない。

  笑不動の画像
市保護有形文化財。昭和38年7月24日指定。所在地、平田町中山、所有者、延光寺。
たて95センチ、よこ33センチの紙に画かれた不動尊の画像で、巨勢金岡筆で清和天皇から寺山の明俊僧正が拝領したものであると伝えられている。明俊僧正が枯れかかった御所の右近の橘、左近の桜をよみがえらせた功によるものである。

  薬師知来と日光菩薩、月光菩薩
市保護有形文化財。昭和38年7月24日指定。所在地、平田町中山。所有者、延光寺。
薬師如来は延光寺の本尊で、126センチの等身大の木造立像で寺伝では行基菩薩の自作と伝えられている。かなり修復されているが平安時代のものである。
日光、月光両菩薩は高さ87センチの木造立像で精巧な彫刻である。江戸初期頃のものであろう。
薬師寺如来
薬師寺如来

  かぷとの大鍬形
市保護有形文化財。昭和38年7月24日指定。所在地、山奈町山田。所有者、山田八幡宮。
高さ98センチ、幅1メートルの唐金製の大鍬形で、基部には伊与田家の定紋が入っている。全面鍍金していたと思われるが今はほとんど落ちている。文安元年(1444)に藤原能重が奉納したものであり、日本最大の鍬形である。

かぶとの大鍬形
かぶとの大鍬形

  山横俗諺集
市保護有形文化財。昭和47年8月30日指定。所在地、山奈町山田、所有者、宮部安見氏。
山横俗諺集とは山田、横瀬両村庄屋であった下村英通が、山田、横瀬の寺社、城跡等の由来を延享2年(1745)に記したもので、山田の歴史を知る上での貴重な資料である。
山横俗諺集
山横俗諺集

  桑山勘蔵助秀の刀三振
市保護有形文化財。昭和41年9月13日指定。所在地、宿毛、所有者、有田茂氏。
桑山助秀は寛政から文化頃にかけての宿毛の刀鍛治で、師匠の尾崎源五右衛門助隆に似た濤乱刃の錵できのものが多く、新々刀々工としては上工の類に入り、特に郷土刀としては貴重なものである。できのよい刀、脇差、短刀を1組として指定した。

  小野梓上表の書
市保護有形文化財。昭和42年11月8日指定。所在地、宿毛、所有者、後藤敬三氏。
小野梓が国憲汎論を著して明治天皇に奉ろうとした時の上表書で梓の心情がよくあらわれている。
たて37センチよこ48センチの和紙2枚に楷書の小文字で書かれており、今は表具されている。

小野梓の上表の書
小野梓の上表の書

  三浦家の楽面
市保護有形文化財。昭和44年3月8日指定。所在地、沖の島町弘瀬、所有者三浦一明氏。
中世より沖の島弘瀬を領していた三浦家に代々伝わる古い面で、大見とおかめの木造の2面がある。伝承によれば元久2年(1205)三浦新助則久が鎌倉からこの地に下った時に持参した3面の中の2面であるという。

市保護有形文化財。昭和47年8月30日指定。所在地、平田町中山。所有者、延光寺。
この子は銅板鍛造の帽子形で、文治5年(1189)の作である。金剛寺の什物であったものを、文明17年住持敬石が帰国の時持ち帰ったもので面経33センチ、総高6.5センチである。
ばち子

  三浦家古文書
市保護有形文化財。昭和47年8月30日指定。所在地、沖の島町弘瀬、所有者、三浦一明氏。
三浦家に代々伝わる古文書で、山内一豊、康豊、忠義、忠豊等歴代藩主の書状や、野中兼山当時の沖の島境界争いの関係書類等が多数ある。

  獅子半身像
市保護有形文化財。昭和38年7月24日指定。所在地、平田町戸内、所有者、高知坐神社。
ひのき材に彫刻した唐獅子像で左右2体あるが共に半身は失なわれている。
高さ32.5センチ、横17.5センチで尾部はない。精巧な彫刻で鎌倉時代のものである。
獅子半身像
獅子半身像

  野菜祭り
市保護無形民俗文化財。昭和38年7月24日指定。所在地、平田町戸内、藤林寺。
一条房家の菩提寺である藤林寺で旧7月16日(最近は8月16日になった)に行なわれる行事で、夕方本堂前で式典が行なわれ一条公の墓所に参詣の後竹まわしの豪壮な行事があり、夜に入ってはやぐらの回りでのぼんおどり、更にやぐらまわし、夜ずもう等が行なわれる。伝統ある古式の行事である。
野菜祭り 竹まわし
野菜祭り 竹まわし

  山田八幡宮の祭礼
市保護無形民俗文化財。昭和38年7月24日指定。所在地、山奈町山田、山田八幡宮。
山田八幡宮に伝わるやぶさめの行事を中心とした一連の祭礼で、衣装を飾った人馬がかけながら的を射る豪壮なものである。旧の9月15日に行なわれるが、最近馬の減少と道路の舗装のため一時中止されている。

  西谷山の寒薗
宿毛市天然記念物。昭和35年6月4日指定。自生地、橋上町坂本、所有者、高知県。
西谷山の寒蘭は日光、武陵、豊雪をはじめとして幾多の名品を産した所で、新葉にははけこみがあリ、はかまは桃色をなし花のみでなく葉や芽を見ても楽しめる寒蘭である。その自生地は乱獲によって荒れはてているが何とかして自生地を保護したいものである。

  伊与野のいちょう
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定。生育地、小筑紫町伊与野、所有者、伊与野部落。
目通りの周囲7.1メートル、根回り9.25メートル、樹高24メートル、推定樹齢500年。

  栄喜のひがんざくら
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定。生育地、小筑紫町栄喜天河原、所有者、河原信雄氏。
目通りの周囲2.8メートル、根回り4.35メートル、樹高18メートル、彼岸には美しい花を咲かせる。推定樹齢250年。
栄喜のひがんざくら
栄喜のひがんざくら

  栄喜のもみじ
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定。生育地、小筑紫町栄喜八坂神社境内、所有者、八坂神杜。
地上30センチの周囲3.1メートル、樹高12メートルで枝はよく四方に張っている。推定樹齢400年。

  栄喜のいぶき
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定、生育地、小筑紫町栄喜寺が谷、所有者、栄喜部落。
目通りの周囲3.3メートル、樹高8メートル、白骨の枝もあり樹形が美しい。推定樹齢400年。
栄喜のいぶき
栄喜のいぶき

  寺山のいぶき
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定。生育地、平田町中山延光寺境内、所有者、延光寺。
目通りの周囲2.7メートル、樹高10メートル、幹は南東に傾斜しているが樹勢は旺盛、推定樹齢400年。

  与市明のむく
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定。生育地、宿毛与市明、聖神社境内、所有者、聖神社。
最大のものは目通りの周囲10.5メートル、根回り24メートルの巨樹で、第2は目通リの周囲4.7メートル、第3は3.2メートル、第4は3.32メートルの4本があったが、昭和50年8月17日の台風5号によリ第1、第2が倒れ指定を解除した。推定樹齢最大のものは500年、他は300年。

  坂ノ下のやまなし
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定。生育地、宿毛市坂ノ下なしの木谷、所有者、保田義則氏。
地上30センチの周囲は3.25メートル、根回り3.95メートル、地上40センチで幹が2本に分かれている。樹高18メートル。推定樹齢350年。
坂ノ下のやまなし
坂ノ下のやまなし

  押ノ川のむくろじ
宿毛市天然記念物。昭和38年7月26日指定。生育地、宿毛市押ノ川字西駄場、所有者、川村勉氏。
目通りの周囲3.55メートル、根回り5.7メートル、幹は8メートルの所から切られ空洞となって先に小枝が出ている。推定樹齢300年。
押ノ川のむくろじ
押ノ川のむくろじ

  平田のいちいがし
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定。生育地、平田町戸内高知坐神社境内、所有者、高知坐神社。
目通りの周囲4.2メートル、根回り6.2メートル、樹高29メートル、推定樹齢400年。

  山田のくねんぽ
宿毛市天然記念物。昭和38年7月24日指定。生育地、山奈町山田字竹石、所有者、柴岡浩氏。
地上40センチの周囲1.3メートル、地上60センチより枝が出、4本の主枝があり、毎年多くの実をつける。推定樹齢250年。

  外ノ浦のあこう
宿毛市天然記念物。昭和44年3月8日指定。生育地・小筑紫町外ノ浦、所有者、山下包康氏。
地上50センチの回り7.5メートル、樹勢旺盛で枝は元より張り樹下は大きな日陰となっている。推定樹齢300年。

  貝の古場のあこう
宿毛市天然記念物。昭和44年3月8日指定。生育地、沖の島町弘瀬字カイノコバ。所有者、岡崎文明氏。
根回り6.75メートル、幹の回りは5.25メートル、樹勢旺盛でよく繁茂している。高さは約10メートル。雌株で枝一面に果実をつける。推定樹齢300年。

  母島のはかまかずら
宿毛市天然記念物。昭和44年3月8日指定。生育地、沖の島町母島。所有者、酒井鶴吉氏。
一株のあこうと多くの雑木にからまって約10本のはかまかずらが生えている。最大のものは幹のまわり40センチもある。亜熱帯植物で四国では唯一の自生地である。
母島のはかまかずら
母島のはかまかずら

  山伏のすだじい
宿毛市天然記念物。昭和44年3月8日指定。生育地、沖の島町母島字北峯山、所有者、山伏神社。
標高360メートルの所にある山伏神社の神木で、根回り7.45メートル、目通りの周囲6.10メートルの巨木である。推定樹齢500年。

  弘瀬の荒倉神社々叢
宿毛市天然記念物。昭和44年3月8日指定。所在地、沖の島町弘瀬、荒倉神社境内、所有者、荒倉神社。
この社叢は原始状態がよく保存され、ショウベンノキ、サカキカズラ、ウエマツソウ等の自生もあり、アコウの大樹その他の亜熱帯植物がよく繁茂している。

  造礁珊瑚類
宿毛市天然記念物。昭和41年11月18日指定。生育地、宿毛湾一帯。
宿毛湾の二並島、水島群島、姫島、三ノ瀬、宝碆、ニュウドノタネ、古屋野、大藤島、咸陽島、白碆の周囲の海底にはテーブルサンゴ、シコロサンゴ、エダサンゴ、ヒダベリサンゴ等の造礁珊瑚がよく生育しており、それに付着した動植物も多く南国特有の海底風景である。

  母島のあこう
宿毛市天然記念物。昭和51年2月4日指定。生育地、沖の島町母島日吉神社境内、所有者、日吉神社。
何かの大樹の幹の上方で、あこうの種子が発芽して根を下し、その根がもとの幹をとりまいて枯死させて出来あこうの根が網の目状になっており、特異な樹形をなしあこうの生態を知る上でのよい資料である。幹(正しくは根)のまわリ3メートル、幹の高さ8.3メートル、樹高14メートルで推定樹齢は約70年である。
母島のあこう
母島のあこう