さくらの里、ダルマ夕日が見える街、宿毛市

市勢概要

宿毛市の沿革

今から、3、4千年前、松田川河口に形成される宿毛の中心地は、遠浅の海でした。そのため、満潮時になると海水が押し 寄せて来る程の大湿原で、一面に葦が生い茂っていたといいます。古代の人々は、和歌等にも詠まれているように、枯れた葦のことを”すくも”と言い、宿毛の 名前の由来はここからきていると言われています。

宿毛の町はずれには、国の史跡に指定されている宿毛貝塚があって、既に3、4千年前の縄文時代頃に文化が開けていたことがわかっています。また、明治維新以後は多くの有為な人材を輩出した由緒ある町でもあります。

古代平安時代には、菅原道真が九州へ左遷の際、乗った船が暴風雨に遭い、宿毛の小筑紫(こづくし)湾内にある島へ漂着したと伝えられています。この島は今では陸続きとなっていますが、一行はここに7日間滞在したことから、この島を七日島と呼ぶようになったそうです。

中世になると、応仁の乱を逃れて幡多へ下国した一条教房の第2子で、後に土佐国司となる房家が、菩提寺として平田に籐 林寺を建立。その後、天正3年(1575年)土佐一条氏が亡び、長宗我部元親が所領となってからは松田川の流路を変更して農地を造成し、宿毛は幡多郡第一 の農村となりました。

そして、藩政時代には山内一豊の甥の山内可氏が土佐の国老として宿毛を治め、明治に至っています。

宿毛の西玄関である片島港は、明治20年、林有造によって開かれたもので、木炭・木材等の積み出し港として、また、阪神・九州・土佐沿岸航路の寄港地として発展しました。

昭和29年3月31日には町村合併施行に伴い、宿毛・小筑紫・平田・山奈・橋上・沖の島の6ヶ町村が合併し、面積284.79平方km、人口3万2、500人余りを擁する宿毛市として誕生しました。

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宿毛市の位置・地形・気候

宿毛市は、四国の最南端(東経132度43分、北緯32度56分)に位置し、西には高知県唯一の有人離島沖の島、鵜来島があり総面積は286.15平方Km(平成21年10月1日現在)となつています。

地形は、全般的に山岳・丘陵地帯で構成され、篠山を主峰とした全域の約84%が森林地帯となっています。 その間を清流松田川が宿毛湾に向かって流れ、河口付近では数々の水鳥の乱舞がみられます。

気侯は、四季を通じて温暖で、足摺宇和海国立公園に属する豊かな自然と相まって第1次産業を中心に発展してきました。

沖の島、鵜来島は日本有数の磯釣りのメッカとして多くの釣り客を魅了し、近年は日本屈指の透明度を誇る海として、ダイビングスポットとして注目を集め県内外の来訪者も多くなってきています。

冬には、気象条件が整えぱ、夕日が宿毛湾に沈むときにダルマのように見える「ダルマ夕日」を見ることが出来ます。

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宿毛市の主要産業

漁業 農業

宿毛湾は黒潮が豊後水道へ流れ込む入口にあたることから、魚種も豊富で、好漁場としてまき網や敷き網等を中心に様々な漁法により漁業を行っています。 なかでも養殖業は、ブリ類、タイ、カンパチなど養殖しており、高知県下水揚げ漁の過半数を占める漁獲高となっています。

その他には、まき網漁によるキビナゴも有名で産地直送なども行っています。

農業は、ほ場整備率が70.4%(農業振興地区内平成15年3月末現在)と進み、温暖な気侯、地域の立地条件を生かした夏場のオクラ、冬場のブロッコリー等の露地野菜、ミョウガ、 小ねぎ等の施設野菜、土佐文旦、小夏などの果樹が主要作物となっています。


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宿毛市の木・花・鳥・魚

くすの木 寒蘭
くすの木 寒蘭
めじろ 石鯛
めじろ 石鯛

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