田ノ浦から小深浦や内外ノ浦(ないがいのうら)を越える堀切までの西づけは田んぼになっちょって、中程にこんまい沼があったりして ちょこちょこと泳ぐ晩の姿なんぞがよくみかけられたもんじゃった。
年寄りが親切にあしこの沼の近所へはあんまり行かん方がええぜと言うてくれたが、なし行かん方がええのか合点がいかなんだ。
今はそれらしい場所も見あたらんが、いけんだの池ちゅうのがあって、そこには昔から竜が住んじょったと言うこっちゃ。
いけんだの竜は海を渡って大島の白王さんの竜とさいさい会いよったと言うこっちゃが、その日も小浦の人らが沖を見よると波をきって泳ぎよるもんがある。
見よや、今日もいけんだの竜が大島に行きよるぞ。
そう言いながら眺めておった。
丁度小浦のまん前あたりまでやって来た時、どんげなことがおきたんじゃろうか。
竜の姿が見えん様になったとたんに海の水がもりあがり、その近所がざわざわと波立って来るのが見え始めた。水がぐるぐるもうている様にみ見える。
竜にしてはおかしな背びれの様なもんが、泡立つ波間からときたまちらりと見えたりする。
こりゃあえらいこっちゃ。どうも竜と大ぶかのけんかになった様なぞ。どんげなことになるぞうねや。
浜辺の人らみんなかたずを呑んで、そのうち空がまっ赤にそまって来た。血を流したのは竜じゃろうかふかじゃろうか。
だんだん時刻が過ぎて、いつの間にか又もとの何も無かった様な静かな海にもどって来たが、それっきり竜の姿は二度と見ることが出来んようになってしまった。
あのとき血を流してやられたのは竜の方じゃったがじゃのう。これでいけんだの池の主もおらんようになったが、大島の方がなんぼかよわっつろう。かわいそうにのう。
そんな話がしばらく続いたそうなが、それを聞いて年寄りの言うてくれたことを合点したこっちゃった。
荒瀬の大蛇、松尾や山北の大蛇の話。
大蛇の話もいろいろあるが、白ペン黒ペンの話なんぞとならんで、いけんだの池の竜も古い話の方に入れてもかまんのじゃあなかろうか。
荒瀬の大蛇は人が飼いよったもんじゃと言うが、そのうちおりがあったら話してみようか。