昔、昔のことでした。
山の奥の一軒家(いっけんや)に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
二人は一頭の馬をわが子のようにかわいがって育てていました。
ある日の夕方、道にまよった旅人が、宿(やど)をかしてくださいといってたちよりました。
おじいさんとおばあさんは、喜んでとめてあげることにしました。
晩ごはんのあと、ろばたでいろいろと話がはずみました。
「こんな山の中で、さみしいことはありませんか。」
と、旅人がききました。
『きつねや狸(たぬき)もでてくるだろうに』<\br />
と、旅人は思ったのでしょう。
おじいさんは言いました。
「別にさみしいこともないが、たった一つだけ困ることがあって、それがおそろしいのです。」
と。
丁度そのとき…
おじいさん、おばあさんの大事な馬をとって食べてやろうと、悪者の狼(おおかみ)がしのびよってきていました。
狼の耳に、しぜんとおじいさんの話す声がはいりました。
狼は考えました。
『この世の中におれさまよりこわがられるものがあるはずない。』
ところがおじいさんは、
「何を言うても、ふるやのあまもりほど、おそろしいものはありません。」
と話すのです。
聞き耳をたてていた狼は、自分よりこわがられている『ふるやのあまもり』という奴は、一体どんな奴だろうと思いました。
あまもりのことで頭の中が一杯になっている狼のうしろから、まさか狼が先にきているとはつゆしらぬ泥棒が、 これもまた、おじいさんおばあさんの大事な大事な馬をぬすもうとして、そろりそろりと近寄ってきたのです。
その手が、狼の尻尾(しっぽ)にさわりました。
泥棒はてっきり馬の尻尾だと勘違いして、その尻尾をにぎりました。にぎられた狼は、はっとしました。
『これはてっきり、あまもりにちがいない。大変だ。逃げなくては。』
と思った途端(とたん)力いっぱい足をのばして走りだしました。
逃がしてなるものか、と泥棒は、その尻尾をぎゅうっと強くにぎりしめました。
夢中で走る狼。しがみつく泥棒。
そのうち、木の根や石ころで体中さんざん打たれた泥棒は、気を失って手をはなしました。
一山越した向こうまで行って、狼はやっとあまもりの手がはなれたことに気がつきました。
『なんと、あまもりというものはしつこいものだろう。あんなもののいる家には二度とと近づくものではない。』
と、狼は身ぶるいしました。
正気にかえった泥棒も…
『なんと考えてみても、変な馬だった。あんな馬に二度と手をだしたら、命がなくなる。』
と、これも身ぶるいしました。
それからというもの、狼も泥棒も、おじいさんおばあさんのお家には、近づきませんでした。
おじいさんの話したふるやのあまもりは、古いお家の屋根がいたんでも、年をとって思うように直すことができなくて、雨が降るとあちこちもってくるので、それが一番おそろしいということだったのです。