伊予宇和島藩(いようわじまはん)に仕える一人の若い侍が上役の娘と恋をしました。
身分の上下がやかましい武士の世界では、その恋はとうてい実を結ぶことのできないものでした。
二人はある夜決心して、海上はるかな鵜来島(うぐるしま)を目指しておちのびたのです。
由良の難所の命がけで、やっとこすことができました。
当時、鵜来島は宇和島藩の所領(しょりょう)で漁業の基地として大切な役割をもっていた島です。
純ぼく(じゅんぼく)な島の人々のことですから、若い二人をかくまってくれるだろうと期待して、やっとたどりつきました。
わけを話して頼みましたが、期待に反して人々はうけ入れてくれませんでした。
一緒についてきた娘の乳母(うば)も頭をさげて頼みましたが、やっぱり駄目でした。
島の人々はかくまってあげたいのは山々なのですが、もし役人に見つかったとき、どんなおとがめを受けるかもしれないことを 考えると、思い切ってかくまうことができなかったのです。
しかたがないので森の中に身をかくし、夜露(よつゆ)をしのいでおりました。
それでもそっと食べ物をおいてくれる人があって、どうなり飢え(うえ)だけはしのぐことが出来ました。
それから二、三日して藩のさむらい達の乗った船が港に姿をあらわしました。
二人をさがしにきたのです。さむらい達は島中くまなくさがしました。
しかし、とうとう見つけることが出来ませんでした。
茂った木、あちらこちらの岩場が幸い(さいわい)したのでしょう。
あきらめた追手(おって)達は他をさがすことにしました。
その船が港の鼻をまがろうとした時、突然、水場で水をくんでいた女がさけびました。
「みつけたぞう、もんてこいやぁ。」
追手が船出(ふなで)するのを知った若侍は高い松の木にのぼり、その様子を見ようとしたのですが、不運なことに身につけた刀が陽をうけて、きらり、と光ってしまいました。
女はそれを見てさけんでしまったのです。
追手は急いで引き返してきます。とうてい助かることはできないとさとった若侍は、松の木からおりると近くに伏せていた恋人と乳母に、
「もはやこれまでです。」
とことわり、その胸を刺し、自分も自刀(じとう)してしまいました。
みのがしておけばひっそりと静かな暮らしを送ったことでしょうに、「可哀想(かわいそう)なことをしたものよ」 と、あわれに思った島人達は小さな祠(ほこら)を建てておまつりしました。
延元(えんげん)様と呼ばれるその祠は港をのぞむ小高い所に今も静かにたたずんでいます。