松田川の流れは本当にきれいで鮎(あゆ)やうぐいがいっぱい泳いでいました。
そんな流れのとある淵(ふち)に一匹のえんこが住んでいました。
そのえんこはとてもいたずら者でした。
夕方、あまりおそくまで泳いでいる子供を見つけると、そっと近寄ってお尻からぬるぬるした手をさし込んで、 きもを抜くこともありました。
渕のしもの浅瀬(あさせ)を、一日中炭や木を馬の背につけて運び出し、夕方、やれやれと疲れて帰る駄賃(だちん)の 馬のうしろにそっと忍びより、わるさをすることもありました。 主人はたいてい先になって手綱(たづな)を引いて渡るので、えんこのいたずらには気がつきませんでした。 いつもあばれておこられるのは、馬の方でした。
ところが、ある日の夕方、またそのいたずらをしてやろうとそっとえんこが近づいて来ました。
ちらりとその姿を横目に見つけた馬の方が、一足早く思い切り後脚(うしろあし)をけりあげました
まさかと油断していたのでしょう。さすがのえんこも軽々と川原までけとばされ、石ころの上にいやという程うちつけられてしまいました。
そんな気配におどろいた主人が立止まってあたりを見まわしました。
川原に見なれぬものがぐったりとのびています。近づくと逃げようとしますが、痛さがこたえたのでしょうか、立つこともできません。
そのうち小さな声で
「私はそこの渕に住んでいるえんこです。度々わるさをしてすみません。これにこりて二度とわるさはしませんので、どうか許してください。」
と、言うのです。可哀想に(かわいそう)に思った主人は、馬とも相談して許してやりました。
体中たっぷり水をかけてもらったえんこは、やっと元気をとりもどして渕の方へ帰り始めました。 途中で立止まったえんこは、
「助けてもらったお礼に、毎晩川の魚を届けますので、木の又を戸口につるしておいてください。」
と、言いました。
不思議なことに、それからというもの毎晩毎晩たべあまる程の魚がつるされていました。
木の又がさけて、魚が地面にちらばっていることもあるので、主人は丈夫な鹿の又角(またづの)ととりかえました。
しかし、その晩からぷっつりとえんこは魚をもって来なくなりました。えんこは、鹿の角がこわかったのです。それで戸口に近寄ることが出来なかったのです。
主人は、一向そのことを知らなかったのです。
そのうち誰言うとなしに、鹿の角はお守りになる、といわれるようになりました。
今でも鹿角のききめを信じて、いろいろと話して下さるお年寄りがおられます。
その後も、ずうっとえんこはいたずらをやめて、静かに暮らしたということです。