昔のくらしは特別にきびしく、貧しさにたえて生きぬかなければならなかった人々がたくさんおられたことは、いろいろな話から皆さんお察しのつかれることと思います。
うばすての昔ばなしなどもその一つだと思います。
しかし、そうしたくらしの物語は、遠い他国のことだけだったのでしょうか。
いやいや、そうではありませんでした。ふるさとの物語をたずね歩くうちに、私達の身近な所にもそうした話の残されていることを知りました。
かんころがしの谷は静まりかえっていました。
ある年のこと、この付近の雑木(ぞうき)を切り出すことになりました。
仕事をする人達は昔からの言い伝えを知っていましたので、小さなことにも気を配ってけがなどしないように注意しました。
それでも、木を運んでくれる馬が思わぬことで脚をいためたりすると、それはかんころがしのせいだと思うのでした。
その谷は働くことのできなくなった人や、死んでもお葬式をしてあげることのできなくなったひとを棺(ひつぎ)に 入れて、深い谷間にころがして葬っていた所だと伝えられているのです。
ふだんは近寄る人もなく、むやみに立入ると思わぬことが起ると言われてきたのもそうしたことからだったのでしょう。
小さな子供が貧しさ故にすてられ、命をおとしていったと伝えられる所も一ヶ所にとどまりません。
夜ともなれば怪物が現れて、おきざりにされた子を食べてしまったといわれたところ。その前を通るときはわき見をせずにさっさと通りぬけなさい。呼ばれてもだまって通り過ぎなさい。
と、私自身にお年寄りが話してくれたところ。
今は昔のおもかげをとどめないような所でも、そうした話の残されていた所がありました。
こうした話を語りつぐ人がだんだんとすくなくなってくることは、幸いなことだとも考えます。
それでも遠い昔の人々のくらしの一面を物語るものとして、そっと大事に扱いたいと思います。
そうした場所の口外はつつしみたいと思いますので、あしからずお許しください。