はかぜ。
こんな言葉を覚えておいでのお方もあろうかと思います。
今日も一日暑い日でした。お日様はようしゃもなく、肌をこがします。それでも汗を流して働いた人達に、夕方の風が気持ちのよいやすらぎを与えてくれます。
一日中荷馬車を引き、港に荷物をおるして、
「やれやれ、今日も無事にすんだぞ。さあ帰ろうぜ。」
と、相棒の馬に話しかけながら、水面を渡る風に吹かれて家路についた彼でした。
「この調子なら明日の日和も大丈夫。」
そんなことを考えながら銅像下を通り過ぎました。
突然、なんともいいようのないいやあな風が、音もたてずに体のまわりを吹き抜けました。ぞくぞくと寒気が全身をおそってきました。
そのあと急に熱ざして、動くことができなくなりました。
「しまった。はかぜにうたれた。」
と、自分で思いながらどうすることもできなかったと言うことです。
それでも幸いなことに、通りがかりの人がすぐ近くにはかぜのおまじないを知っているおばあさんの居ることを思い出し、 連絡をしてくれたので、しばらくするとどうにか動くことができるようになりました。
どうにかこうにか、やっと家までたどりつき、三、四日仕事を休んでようやくもとになったといいますが、不思議なことも起るもんだと思います。
彼一人ではなくて、ときどきそれにおそわれる人があったことも本当のようです。
何か急性の熱病の一つだったのかも知れません。しかし、そんな原因不明の熱病をひとびとははかぜと呼んでおそれました。
この世にさまよう死人の霊が音もなくさまよい、急に人々にとりつく。
それがはかぜだと、昔の人は考えていたようです。ですからおまじないでその霊を除けば、元気になれると信じていたのでしょう。
火の玉の飛ぶこともめっきり少なくなってきましたが、さまよう霊もなくなったのでしょうか。
どうもそうとは思われません。
はかぜを起こすものは今でもそこらにいるのではないでしょうか。